インタビュー

卵子提供・代理出産の問題とは~産婦人科クリニックさくら・桜井明弘院長インタビュー②

桜井明弘産婦人科クリニックさくら院長

筆者は月刊誌「文藝春秋」8月号に「『不妊治療大国』日本の悲劇」という記事を書いています。その中で取材した桜井明弘医師(産婦人科クリニックさくら院長)のインタビューです。非常に興味深い内容でしたが、誌面では少ししか書けていないので、こちらに全文を掲載します。

①卵子凍結、どこまでできる?
②卵子提供・代理出産の問題とは
③バブル期の女性が”被害者”
④子ども持てなくても、次世代支える考えを

国民間の問題意識に差

――今、不妊治療の技術はどこまで進んでいるのですか?

顕微授精、受精卵の凍結保存、受精卵の染色体分析、着床前診断、実際にできるのはそれぐらいでしょうか。顕微授精で卵子に直接精子を入れるというところまでが革命的な技術で、ここ10年ぐらいは、技術そのものはそんなに進んでいないのです。新しい培養液を使ったら妊娠率が上がるとか、細かい話があるぐらいです。だから今の不妊治療は、「あなたの卵巣機能は40歳相当だからこういう方法がいいんじゃないか」とか、個人のニーズに合わせたオーダーメード治療が行われるようになってきていますね。

――最近話題の、iPS細胞はいかがでしょう。

あの技術によって、生殖医療はさらに進むと思いますね。ただ、日本ではiPS細胞で生殖細胞を作っても、受精させてはいけないとしています。例えば一人の皮膚から卵子と精子ができてしまうので、クローンができてしまうです。

――そういうことが技術的には可能になるけど、倫理面の整備がされていないということですね。

医学の進歩は知的欲求であり、「なんでこうなんだろう」と思うところから始まります。そして産婦人科領域なら、妊娠できない人たちに体外受精の技術が応用できないだろうかといって進歩する。そうやって技術がどんどん進んでも、国民の意識が進むわけではありません。いつの間にか体外受精はオーソドックスな治療になりつつあります。でも受けていない人からしたら全く興味もないし、そこにどんな問題があるかも分からない。そういうところで、国民の間にも意識の乖離があると思います。

代理出産は問題山積

――倫理面と言えば、卵子提供や代理出産の問題もありますよね。

卵子提供や代理出産は、すでにある技術をちょっと応用するだけなので比較的簡単にできてしまうのです。その辺りの倫理の議論がされていないことは、日本の生殖医療の一番の問題です。

――具体的に、どんな問題がありますか?

日本の民法は明治時代以降変更されておらず、産んだ人が母親です。だから代理出産の場合、遺伝上の母親と法律上の母親が異なることになるという、法的な問題が一つ。そして、代理出産をした女性の感情面の問題もあります。妊娠に関する女性の意識についての調査を見ると、「妊娠」というものは、無事に産んでも、病的な理由で流産しても、何かの事情で中絶をしたとしても、女性は同じ一回の「妊娠」として、大きく捉えているということでした。妊娠は、人生の中での大きなイベントということです。お腹の中で10か月育てたら愛着が湧きますから、出産して「はい、あげます」とは言えなくなるでしょう。それが母性というものだと思います。そういう妊娠・出産という機能を他人が利用するというのは、エゴとも言えます。相手の女性の人間性をかなり否定することにもなると思います。それに出産にはリスクがありますから、代わりに産む女性が亡くなったとしたら、大変なことになります。その責任をどう考えるのか。そういう問題が解消されないまま、日本人は東南アジアやアメリカの貧しい人に、代理母になってもらって、多額の謝礼を払っているわけですよね

医者も患者もやりたい人はやってしまう

――法的な問題と、女性の人権、事故などの問題があるわけですね・・・。学会が医療技術と倫理に関する議論をリードするということは、ないのでしょうか?

学会は代理出産や卵子提供について規制していますから、僕らも手は出しません。でも学会はあくまでギルドです。学会員が自ら法律や医療倫理を犯さないと判断して、治療に踏み込むことも起こり得ますよね。それに、日本で治療が行われないならと、海外に渡る患者が増えています。

子どものアイデンティティーは?

――学会は、どういう理由で卵子提供や代理出産を規制するのでしょうか?

親権が曖昧だからです。生まれた子どもたちの幸せにつながるか? という問題があります。本来は、生まれてくる子が幸せかどうかということを一番に考えないといけません。子どもは、産んでくれた両親を本当の親だと思って成長します。しかしある日、「卵子は別の人からもらったもので、血の繋がりはなかった」と気付かされたら、アイデンティティーが瓦解しますよね。

――大きくなった時に子どもがどう思うかは、本当に難しいところですね。

それから例えば、60歳の人が不妊治療で出産して、「無事に生まれたからよかったね」と言えるのかどうか。子どもは高齢のお母さんのところに生まれてくることを選択したわけではありません。出産の時に障害を持ったとしたら、「元の卵のお母さんだったら違っただろうか」と思うかもしれません。生殖医療は親のエゴとも言えるので、きちんと議論されなければいけません。

――受精卵の染色体異常を調べられるという話がありました。例えば、「染色体異常はない」という出生前診断を受けて生まれてきた子どもがいたとします。その子が「僕は障害がないから、生まれてくることができたんだ」と思ったとすると、「自分はあくまで障害がないから愛された」という“条件付き”で愛されていると感じるのではないかなと。「自分がどんな状態であっても愛してもらえた」という経験にならず、アイデンティティーの否定になるのではないかと思ったりもするのですが

ほとんどの子どもは産んでもらって愛情いっぱいで育ててもらっていると思いますよ。ただ、極端な言い方をするとそういうこともあるかもしれません。ダウン症の子どもは生まれてこなかった方がいいのか、という話がありますが、ダウン症には性格が温和で優しい人が多いです。育てているご両親は、苦労はするけど、その子の人格を愛している方々が多いですよね。

――生殖医療の倫理面の問題を整理していかないと、今後色々な問題が出てきますよね。

自分のこととして考える人はほんの一握りなので、こういう啓蒙活動は粘り強くしつこくするしかないと思って、僕も続けています。どこかのサイトや講演、新聞などでちらっとでも気に留めておいてもらえたら、自分が困った時に紐解く機会になるのでは、と思ってやっています。